JavaScriptが無効のため、文字の大きさ・背景色を変更する機能を使用できません。
本文
明治31年(1898)2月19日、小松村助役の村上善助は、第二区(大字南川)の区会を招集して、先の設計に基づく大谷池築造の議案を提出し、即日、原案通り可決、決定しました。村上善助は同年3月11日、愛媛県知事篠崎五郎に『溜池新設願(溜池新設理由書)』(資料1)を提出し、水不足に悩む過酷な第二区の現状と農民の窮状(きゅうじょう)を訴えました。