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広報専門員の気ままに西条歩き Vol.7神戸地区(前編)

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年11月1日更新

地域のウォーキングレポート第7弾

このコーナーでは、シティプロモーション推進課の広報専門員 日野が、
市内をカメラを携えて歩き、レポートしています。

2016年10月13日(木曜日)曇りのち晴れ

10月13日。今宵から西条まつり 石岡神社祭礼の前夜祭が行われ、
祭りムードが濃厚な西条市。

西条まつりの中心、伊曽乃神社のある
神戸(かんべ)地区に行ってきました。

西条市全体マップ

神戸地区とは…

人口3,667人(平成28年8月31日現在)。西条地域のほぼ真ん中、うちぬきの源流となる加茂川中流左岸に位置する。

明治時代は神戸村とよばれ、昭和16年に西條町・飯岡村・橘村・氷見町と合併して西條市となった。中心となる産業は農業で、校区の北西部を中心に田畑が広がる。

西条まつりで最大規模の伊曽乃神社例大祭が行われる伊曽乃神社が鎮座する地域。祭りの「川入り」で、校区内の11台のだんじりが加茂川に入る。

ほか、名所としては国指定名勝で四国で最古の庭園を持つ保國禅寺、四国霊場64番札所 前神寺がある。


まち歩きには、市より発行の「西条市ウォーキングマップ」を利用しています。


今回は、伊曽乃神社と保國禅寺を
まわるコースをゆきます。

マップ(大)

神戸地区名所めぐりウォーキングマップ ~歴史探索コース~ [PDFファイル/741KB]


神戸公民館に到着!

真ん中が髙木館長、左が戸田主任主事、右にいるのが森主事さんです。

館長と戸田さんは神戸出身とのこと。

神戸公民館の皆さん

今回は、前回の秋山君に引き続き、
ゲストとして戸田さんと一緒に歩きます。

スタート地点で非常に驚く情報が!

なんとなんと、戸田さんは2年前、このウォーキングマップを創刊した担当者!
つまり、秋山君の前任者でした。
健康医療推進課から異動で、神戸公民館に配属とのこと。

こんな偶然ってあるかなぁ。

不思議な気分で出発です。

戸田さんが持つウォーキングマップ

戸田さんは、市内約400名の健康づくり推進員が
実際に歩いて決めたコースを、この冊子に落とし込みました。

手軽で身体的負担が少なく、気分転換にもなる ということで、
ウォーキングを市民の健康づくりとして広めようとしたことがきっかけです。

マップのポイントは「手作り感」。
推進員さんの手書きの地図をデータに取り込み、
イラスト素材や写真を駆使して、
このあたたかなマップを完成させました。


最初の角でさっそく遭遇。

かわいいお祭り犬!むさしくん。

お祭り犬

戸田さんはこの先のルート上の東原(ひがしばら)地区の方で、
集会所の鍵をこちらのお宅からお借りすることになっていたそうです。

それで、わざわざお出迎え。

西条まつりでは、祭りの神事「お神楽」を氏子町内各地で行いますが、
こちらでは、いつも神戸公民館。
むさしくんも、この祭り衣装でお神楽を見に行くんだそうですよ。

一足早いお祭りコーディネート。

はい、記念に1枚!

お祭り犬とご家族

(ギュー)


この角を曲がれば、東原集会所です。

マップ2

祭り前ということで特別に、だんじり小屋を開けてもらいました!

(ガラガラガラガラ…)

東原だんじり小屋

このだんじりは昭和63年新調で、来年建造30年を迎えます。

彫刻士は植村旭峯(うえむらきょくほう)氏、
大工は、東原ご出身の近藤富士男氏によるもの。

彫りのテーマは太閤記。
よく見ると、ひぃ。武士の生首。

彫刻

塗りは総うるし。ピカピカ、つやつやのだんじりです。

東原だんじり

提灯も装着し、台輪(土台)のくさびは出発前に締めるだけ。
「臨戦態勢」のだんじりが見られるのも、このタイミングならでは!

ありがとうございました。


この付近はだんじり小屋が密集しています。

こちらは、山道。

山道だんじり小屋


国道11号の交差点の南には、楠(くすのき)地区です。

伊曽乃神社標識

少し歩いたら、日明(ひあけ)集会所に到着です。

マップ 日明集会所

伊曽乃神社の丘の坂道のふもと。

日明だんじり小屋

そのすぐ近くに、美しい石積みがありました。

思わず目を奪われます。

石積み

それもそのはず。

この小高い丘が、次のチェックポイント県指定史跡
「土居構跡(どいがまえあと)」。

「土居構」とは、古い城の形式らしいです。

石段を上ると、赤い屋根の居宅へ続きます。

土居構跡

ここは、天正年間に高峠城主が平時住居にしていた「東之館」跡です。当時の工法による鎹(かすがい)積の石垣に囲まれ、東側には濠の跡を残しています。東側と入口両側には、犬走の構造が保存されています。

西条市ウォーキングマップ・西条市生活文化誌より

高峠城とは、室町時代から戦国時代にかけての城です。室町時代初期に河野氏によって築かれ、その後細川氏の代官の石川氏が城主になりこの地域を治めていましたが、1585年豊臣秀吉の命を受けた毛利氏に攻められ落城しました。(天正の陣)

西条市立南中学校ホームページより

天正の陣、西条の歴史を語るうえで欠かせない出来事ですね。
この戦では、氷見校区で触れた高尾城も激戦地でした。

土居構跡は、現在は一般の方のお宅ですが
自由に見学できます。

※ただし、見学の際は当家の方にお断りを入れてください。
留守の時は見学できません。


マップ 真導寺

真導寺に参ります。

坂道を上り、目印を右に折れ、森の中へ…

さすが戸田さん(マップの作者)、スマートに先達してくれます。

真導寺への道

このお寺は、1394年~1596年までは
この後訪れる保國禅寺の境内でした(広大な敷地!)。

天正の陣で焼失。現在は、この薬師堂のみが残っています。

中には、天井の高さの大きな薬師如来が鎮座しているそうです。

左に見える建物は、もと保國禅寺にあったお荒神さま(台所・かまどの神)を
移転させたもので、保國寺のご住職が隠居されていたとのことです。

真導寺薬師堂

大きな蚊に刺されて、足がかゆい。

薬師如来様にかゆみ止めをお願いしても仕方ないので…、

気を取り直して保國禅寺へ!

白壁に、○ △ □ の穴が等間隔に開いているのがわかりますか。
「銃眼(じゅうがん)」、「狭間(さま)」といい
鉄砲や弓などを構えるためにあけたものです。

保國寺遠景

仁王門を正面から。

保國寺南大門

説明板より引用します。

萬年山金光院 保國禅寺 平成大改修事業 保國禅寺は、萬年山金光院と号し、本尊は阿弥陀如来である。
寺伝によると、神亀4年(727)、聖武天皇の勅願寺として建立され、当初は天台宗であったが、建治年中(1275~78)に仏通禅師により臨済宗東福寺派寺院として開山され七百有余年の法灯をかかげる由緒深い禅刹であります。特に、保國寺所蔵の仏通禅師坐像は室町初期の作と見られ、国の重要文化財に指定されています。黒光りする姿から「黒仏さん」と呼ばれ、日本の肖像彫刻の代表として昭和45年(1970)ボストン美術館に出展されました。本堂裏にある池泉観賞式の庭園は、永享年間(1429~41)の築造とみられ、石庭では四国最古の名園といわれています。

こちらの庭は国指定の名勝です。
ご住職にお願いし、本堂から見せていただきました。

※本堂から見るには事前連絡が必要ですのでお気を付けくださいね。
TEL 0897-56-3357

じゃーん!

保國寺石庭正面

そして、横から。

保國寺石庭横

全体は、すり鉢状の土地で、
石は加茂川から採った「伊予の青石」。

正面の築山には三尊石を配置。
その下の入り江に、蓬莱式といわれる枯滝の石組み。
縦長の石を縦に置いたり、横に置いたりしています。

また、池の中の小島のようなのが「亀島」で
小山に向かって駆け上がっていきそうです。

ご住職
(ご住職)

ちなみに、現在の庭は昔の3分の1の大きさだそうで、
亀島に対する「鶴島」は今の本堂の位置にあったそう。

この庭を見た、世界的に有名な作庭家の重森三玲氏や、イサムノグチ氏は
この庭園を絶賛。のちの作品に影響を与えたといわれています。

最近では、4年ほど前にロシアの庭師さんが
ロシアで日本庭園を造るために、栗林公園を訪れた後に
こちらに見学に来たこともあるそうです。


国指定重要文化財の仏通禅師坐像。

仏通禅師は保國禅寺の中興の祖だったそうで、
この像はもともと本山の東福寺に安置されていましたが
江戸時代にこちらに移された とのことです。

黒仏さん

本堂は立派な立派な茅葺き屋根。

等間隔に開いた木の雨戸。美しいです。

保國寺本堂


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