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新幹線生みの親 十河信二氏

印刷用ページを表示する 掲載日:2018年4月1日更新

新幹線生みの親 十河信二(そごうしんじ)氏

十河信二氏の写真

 十河信二氏は戦後の混乱期にあって、第2代西条市長を務められ市政の進展に尽力されました。また、昭和30年には第4代日本国有鉄道総裁に就任され、国鉄内部改革を実施するほか、東海道新幹線の建設実現に多大な功績を残されたことから「新幹線生みの親」として知られています。

【十河信二氏略歴】
明治17年4月14日、愛媛県新居郡中萩村大字中村に十河鍋作・ソウの二男として生まれる
明治30年松山中学校東予分校(後に西条中学校)に入学
明治35年西条中学校卒業・第一高等学校入学
明治38年東京帝国大学法科大学政治学科入学
東京音楽学校在学のキクと結婚
明治42年東京帝国大学卒業・鉄道院書記に任命される
大正6年アメリカ留学
大正12年関東大震災を受け、帝都復興院に書記官として出向
昭和5年満鉄理事に就任
昭和10年興中公司社長に就任
昭和12年林銑十郎内閣組閣参謀長就任
昭和20年第2代西条市長就任
昭和21年西条市長を辞任し、鉄道弘済会会長、日本経済復興協会会長就任
昭和30年洞爺丸・紫雲丸事故を受け辞任した、第3代長崎惣之助総裁に代わり、第4代日本国有鉄道総裁となる
昭和31年東海道線増強調査会設置
昭和32年国鉄組織改正
幹線調査会、運輸大臣に答申1号「東海道に新規格線建設の必要性」を提出
昭和33年新幹線建設基準委員会を設置
昭和34年東海道線東京・大阪間線路増設工事の認可申請
東海道広域新幹線の起工式を新丹那トンネル熱海口で挙行
昭和36年浜松付近・名古屋・関ヶ原間ルートの運輸大臣認可が下り、新幹線全ルートが決定
昭和37年新幹線開業準備委員会設置
昭和38年任期満了に伴い国鉄総裁を退任
昭和39年新幹線開業
昭和44年西条市初の名誉市民となる
昭和48年東海道新幹線の東京駅18・19番ホーム先端に東京駅新幹線建設記念碑が建立され、十河氏の功績を讃えて、レリーフと座右の銘である「一花開天下春」の文字が刻まれる
昭和56年10月3日、97歳にて逝去

実施した事業

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お問い合わせ
 西条市教育委員会 管理部 社会教育課 歴史文化振興係
 電話:0897-52-1628