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広報専門員の気ままに西条歩き Vol.10大保木地区(前編)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年2月24日更新

地域のウォーキングレポート第10弾

このコーナーでは、シティプロモーション推進課の広報専門員 日野が、
市内をカメラを携えて歩き、レポートしています。

おかげさまで、連載10回目を迎えました。

2017年1月11日(木曜日)晴れ

今回は、西条地域の山間部にある
大保木地区です。

西条市全体図

大保木地区のあらましです。

人口174人、世帯数98(平成28年11月30日現在)。

「ふき」とは古代日本語で、現代語で「けわしい崖」。石鎚山の山々に囲まれた奥深い土地で、加茂川の両岸に小集落が点在。民家や田畑は急斜面にあり、森林資源に恵まれる。

もと、兎之山(とのやま)、黒瀬山、前大保木山、中奥山、西之川山、東之川山の6つの村に分かれていたが明治22年に合併し大保木村となる。昭和31年からは西条市に合併。


まち歩きには、市より発行の「西条市ウォーキングマップ」を利用しています。

マップ(大)

大保木地区 名所めぐりウォーキングマップ [PDFファイル/618KB]

今日はどんな出会いがあるのでしょうか。


西条市街地から車で20分。

黒瀬ダムのさらに奥へと車を走らせたその先に、
大保木の集落があります。

黒瀬ダム湖

大保木地区は広く、南端は高知県との県境。
公民館は居住区のほぼ中心です。

その公民館、今日も明るい声でにぎわっています。

大保木は、人口こそ少ないですが、
住民や出身者の交流が活発。

その中心となるコミュニティ拠点が、
ここ大保木公民館です。

公民館にて

朝一番のお客様は、
大保木出身の工藤康博さん(写真左)。

取材日の2日後に迫った
「とうどさん」の打ち合わせに来られました。

とうどさんとは、正月のしめ縄・お札などを集めて燃やし(はやし)、
無病息災を祈願する火祭りの伝統地域行事です。

呼び名は「とうど」「とうどうさん」「左義長(さぎっちょ)」など
地域によりさまざまです。
今は小正月前後に行う地域が多く、
市内には30年以上にわたって実施する地区もあります。

工藤さんは一般の方ですが、とうどをはやす(燃やす)式で
祝詞を奏上するそうです。

「練習がんばってこーわい!」

祝詞をあげる工藤さん
(ピースをしていただきました)

新たなお客様。とうどを作製した
十亀浩臣さんにお話を聞きます。

十亀浩臣さん

大保木地区行事としてのとうどさんは、
今年で3年目。

私「3回目!最近始めたんですね」

「住民のみんなが家から出てくるきっかけになるだろ?
それで始めたんよ」

表に出て現物を見せてもらいます。
はやして(燃やして)しまう前に館長と記念写真。

館長と浩臣さん

傾斜地のため、田んぼの少ない大保木地区では
年末にしめ飾りを作った時に
余った藁を使っています。

各家から持ち寄られた正月のお飾りで
にぎやかにデコレーションされたようなとうど。

橙のオレンジがあざやかで楽しい。

「だいだいをつけとったら燃えにくくなるけん、
(飾りの)数の多い他の地区じゃったら
外すんだろけど、
大保木はつけたままにしとるんよ。」

とのことでした。

だいだいがついたしめかざり


「そろそろ歩きにいてこうわい。
浩臣さんも一緒にいくかね?」

「いやいや、わしゃあ、やめとこわい(笑)。」

今日は、前回の徳田地区に引き続き、
近藤館長が同行してくれます。

アメちゃん持って、出発。

館長の飴

スタート地点の「石鎚ふれあいの里」までは
公民館から直線距離で200mほど。

マップ ふれあいの里

ふれあいの里への道

川沿いを歩いてほどなく、
山肌に建つ宿泊棟が見えてきました。

石鎚ふれあいの里です。

ふれあいの里

石鎚ふれあいの里は、昭和61年に閉校になった
高嶺小学校を活用した宿泊施設。

加茂川や四国山地の石鎚山系など
自然環境に恵まれた立地が特徴です。

炭を作る小屋
(炭づくりの小屋)

体験学習や山のリゾートの場として、
また石鎚山へのアクセス拠点として
県外からも多くのお客さまが訪れています。

突然訪れたにもかかわらず、
管理棟には、運営するNPO法人 西条自然学校の皆さんが。

ふれあいの里 スタッフの皆さん

「こんなにみんなそろって事務仕事してるの、
珍しいでしょ。」

と、理事長の山本貴仁さん(上の写真左)。

西条自然学校では、調査研究のほか、市民向けの
自然観察会やツアー、教室などを行っています。

そうこうしていると、
愛媛新聞の記者さんが取材に来ました。

西条市東部担当の、竹下さんです。

愛媛新聞 竹下さん

西条市特集記事の取材とのことでした。

「そろそろ行きましょわい。
ほんなら竹下さん、記事楽しみにしとるけんね~」


館長が連れてきてくれたのは運動場の奥。

大保木を語るのには欠かせないという
「銀納義民」。

その慰霊塔と石碑です。

銀納義民 慰霊塔

藩政時代、米の取れない大保木地区では、村人が過酷な年貢米の取り立てに困り果てていました。1664年、見かねた中奥の庄屋 工藤治兵衛が代表となり、年貢を銀(お金)で納められるように西条藩主に直訴しました。訴えは認められず、治兵衛らは処刑されましたが、7年後銀納が認められ、村人は治兵衛への感謝の思いから「銀納義民」と称してお堂やお墓を作り供養しています。

西条市ウォーキングマップより

銀納が認可されたのは、初めて嘆願書を出してから
じつに六十有余年経ってからのことだったそうです。

慰霊塔は昭和31年に、右の石碑は
工藤治兵衛らの処刑から350年を記念して、
平成26年に有志により建立されました。

その時発行された冊子「銀納義民伝」には、
処刑された治兵衛の息子 文四郎の目線で
物語調に当時の様子が記されています。

銀納義民伝・絵図

涙なしには読めない一冊でした。


山奥の方へと進みだします。

目の前に見えるのは「あかばし」こと千野々橋。
県道12号西条久万線と
公民館のある集落側とをつないでいます。

千野々橋

マップ 千野々橋

ロープウェイまで7kmとの看板も。

石鎚山の麓、まさにお膝元の風情。

石鎚山への看板

加茂川河川敷や土手では、
先日の台風被害の復旧工事が行われています。

工事風景

一台の軽乗用車が向かってきます。

「おお、はっちゃんじゃ」

公民館に向かう、山の上のほうに住む
「はっちゃん」こと初男さん。

初男さん「館長、どこいきよん?」

はつおさん

「市役所の広報が取材に来とっての、
ウォーキングマップ使うて治兵衛堂まであがるんよ」

「おお、歩いて上がるんか。そりゃたいへんじゃ。
気いつけて。」


「工藤治平の墓」と書いた看板のところで
方向転換、つづらになった坂へ。

マップ つづらの坂

工藤治平(治兵衛)の墓とお堂(治兵衛堂)まで登るため
ゆるやかな坂道が続きます。

県道から山道へ

途中の墓地の近くには、
お供えにも使うシキミが植わっています。

シキミ

スギ林の続く林道に入ります。

山の北斜面のため、日陰が多いです。

林道

道路。タイヤの轍の間は、
湿り気を帯び、苔むしていました。

コケ


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