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民話 手綱を付けられた絵馬
民話
手綱を付けられた絵馬
今から三百年ぐらい前ぐらい前のことじゃ。桑村の西の方の広い畑が、秋の取り入れごろになると、決まって荒らされよったんじゃ。みんな困ってしもうて話し合ったそうな。「シシが下りてきて荒らすんじゃろか」「それにしちゃあ山際の畑がどうもないのが妙じゃ」といろいろ言いよったんじゃけど、結局畑を荒らす曲者の見当がつかんまま、何年か過ぎ去ったんじゃ。
ある年の秋、朝早ようから、桑村のお宮へ参りに行っとった者が、顔色変えてもんてきて、「何気のう絵馬堂に掛かっとる絵馬を見上げたらのう、中の絵馬がハァーハァー鼻息をガイに荒げとるんじゃ。わしゃー本当に腰抜かしよったぞ。ほして、絵馬の足もとを見ると土や草の汁で汚れとったんじゃ」と鼻の先に汗かきもて、しゃべりまくったのよ。
話を聞いとった一人が「こりゃ、畑を荒らしよるんは、絵馬じゃなかろうか」と真顔になって言うたんじゃ。初めは、まさかそななことがあるもんかいと言うとった連中も、とにかく、みんなで確かめてみよこいということになったんじゃ。
その晩遅うに、村の者がお宮の拝殿の陰に隠れて様子を見よったそうな。すると真夜中を過ぎたころ、急に蹄の音が聞こえてきたんじゃ。あわてて絵馬堂へ行って見ると、その額にあるはずの馬の絵がなくなってしもうとったんじゃ。その夜、お宮の東の方の畑をまるで風のように走っとる馬がおったということじゃ。
ところが、次の朝になると、馬は知らぬ間にもどっておったんじゃと。畑を荒らす犯人は、実は、お宮の絵馬じゃったんじゃ。
そこで、何とか馬を絵馬堂から出さんようにとみんなが知恵をしぼって考えた末、「馬に手綱をつけたらどうにもなるまい」ちゅうことになってのう、墨で手綱を書き加えたんじゃ。それからは、畑が荒らされることものうなったということじゃ。
そやけん、今も残っとる絵馬を見てみい。手綱を引きちぎって、今にも額から飛び出しそうな姿をした馬がおるじゃろが。