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私のお宝写真/西条まつり 祭りびとの想い(4)
松山市在住/門田さん 医師 50代 男性
私は今から約10年前、西条市内の病院勤務を機会に西条へ参りました。
我が家は子供が多いため、マンションではなく一戸建て住宅を借りました。
近くに住む大家さんが人情あふれる方で、地域の方々へ私をご紹介くださり、また子供同士のつながりも相まって、皆と深く交流するようになりました。
盆踊りや共同清掃作業やソフトボール大会などの地域行事、その後の飲み会など、楽しい交流でした。
数ある行事の中で何といってもメインイベントは西条まつりですが、私はなかなか参加できませんでした。
理由として、祭りの日も病院で仕事というのはありますが、医療従事者にとって祭りの負のイメージがあったのは事実でした。
祭りの日、救急外来には、けが人、気分不良の患者さんがひっきりなしに来院します。西条出身でない医療従事者には、祭りの負のイメージが刻み込まれてしまうのです。
しかし、大家さんが私に言いました。
「先生、見るだけでなく、1回みんなの中に入って、一緒に祭りをやってみんですか。」
と。丁度その年は運命的に祭りの日(10月15,16日)が週末で、時間を作ることができました。
10月14日夕方、私は初めて屋台に触りました。この伝統ある西条まつりの屋台に私が関わることになろうとは夢にも思っていないことでした。
それから15日宮出しから16日川入りまでずっと随行しました。
御殿前では屋台を差し上げました。祭りの馬鹿力でしょうか、アドレナリンが噴き出て、思わぬ力が出るものです。
祭りの後、青年団長から「先生がいつ帰るかと思いながら見とった。」と言われましたが、何とか最後まで随行でき、達成感を味わいました。
屋台運行の喜びと苦労を分かち合う仲間同士のつながりは、本当に素晴らしいものだと実感しました。大家さんの言葉「祭りは、やらんと本当のことはわからない」という意味が少しわかったような気がしました。
また、祭りに参加したことによって、それまで以上に繋がりが深まったように思いました。
私はその翌年西条を離れ、開業しました。
開業したその年、前年の祭りで私が写っている写真を地域の人が私に下さいました。
私はその写真をフレームにいれ、病院リハビリルームに飾っています。間違いなく私のお宝写真、宝物の一枚です。
西条まつりは、やるものです。地域の人との繋がりに感謝して、祭りの機会を作りたいと切に願っています。