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広報専門員の気ままに西条歩き Vol.4石根地区(前編)

印刷用ページを表示する 掲載日:2016年9月5日更新

地域のウォーキングレポート第4弾

このコーナーでは、シティプロモーション推進課の広報専門員 日野が、
市内をカメラを携えて歩き、レポートしています。

2016年8月12日(金曜日)晴れ

今回は、小松エリアの内陸側、
石根(いわね)校区にお邪魔しました。

西条市マップ

石根といえば!コカ・コーラボトリング四国工場と、

西条クリーンセンター、あと60番札所 横峰寺へ向かう道!

…くらいの知識の私です。

まずは町のアウトラインから。

もともとは明治22年に妙口(みょうぐち)・大頭(おおと)・大郷(おおご)・安井と明穂(あかお)村の一部が合併した石根村だった(昭和30年に合併し、小松町に)。

おもな産業は農業。米や麦のほか、果樹栽培も盛ん。西条市が生産日本一の「愛宕柿」は大頭が発祥の地。
大頭から山へ向かう道は、古くは石鎚山登山口として賑わった。「石根」の由来も「石鎚山の麓」という意味とのこと。

現在の人口約2,700人。合併当時(平成16年)は3,000人であったため、西条市の中でも緩やかに人口が減少している地域にあたる。


まち歩きには、市より発行の「西条市ウォーキングマップ」を利用しています。


マップ(大)

石根地区史跡巡りコース [PDFファイル/724KB]


雨の降らない、暑い8月。

それでも私は歩きます。

公民館外観

スタート地点は、いつもの公民館。
石根公民館は、国道11号 大頭(おおと)交差点を北に曲がったところで、
小松農村環境改善センターと併設されています。

マップ(石根公民館)

水野館長が地域について教えてくださいました。

石根公民館長

「石根の地区にはたくさんの史跡や先人ゆかりの地が残っています。

なので、郷土を知る活動が根付いとって、
小学校では、全校児童と保護者が地域の史跡を巡る『石根史跡巡り』と、
地区にまつわる句で構成したカルタの『石根郷土カルタ大会』を
セットで行っています。」

といって「史跡巡り」のしおりと、
郷土カルタの元となる「石根物語」(手に持ったもの)を
見せてくれました。

私も、石根の皆さんが学んだ史跡を多く回ることになります。

さあ、出発!


マップ(石根小)

公民館から国道の方へ。

すると、大出川(おおいでがわ)沿いから
小学校へ向かう集団登校の子どもたちを発見!

夏休み中よね。何しに行きよんだろ?

…と、話しかけようとしていると、「おはようございます!」
とこの子たちからあいさつしてくれました。

石根小学生(アップ)

うさぎ小屋の当番に行くところということや、
学校で流行っているギャグのことなどを教えてもらいました。

「さようなら」を「さよおなら」、
「割り算」を「わに算」と言ったりするそうです。
私も昔はこんな言葉遊びしてたな~。

石根小の黄色い門のところまで歩いてお別れ。

(ちなみに、この門は後日塗り直され、
現在は青い門になっているようです)

石根小学生(集合)

最後まで手を振ってくれました。うれしかった!


話に夢中でルートを外れたので、もと来た道を戻り、
大出(おおいで)川沿いを西に進みます。

すると、軒先に工夫を凝らした七夕飾りのあるおうちが。
お声掛けをして、撮らせていただきました。

「いつもはもっとちゃんとしとんやけど、
こんなのでよかったら」と。

七夕かざり

じゅうぶん素敵です!

旧暦の七夕に合わせてるんでしょうね。


そして、私が気になっていたポイント

挿絵とコメント

「田園風景が美しい」ですと!

それが、こちら。

美しい田園風景

高縄山系をバックに、田滝のほうまで一望できます。

風にそよぐ稲の緑と、丹原のまちなみ。

反対から石鎚山側を見ても、きれいだろうなぁ。


そこから、方角を南へ。

マップ(国道北側)

国道までの道沿い、広いお庭のあるお宅で
鮮やかなピンクを見つけました。

サルスベリと

徳永さんちのサルスベリ

キョウチクトウだそう。

キョウチクトウ

教えてくれたのはここのお家の徳永さん。

塀の中にまで入れていただきました。
ありがとうございます。

徳永さん(アップ)

それから、国道の押しボタン式の信号を渡り
西大頭のバス停の少し先を山手へ。

西大頭バス停

向かうは、天福寺です。

マップ(天福寺)

(あっ。またサルスベリのピンクがきれい…!)

天福寺

史跡巡りのしおりによると、

大昔、天福時の南の山に獅子ヶ鼻(ししがはな)というお城がありました。そのお殿様、宇野氏の先祖を祭るお寺として建てられたと言い伝えられています。そして、宇野隼人正識弘(うのはやとのしょうもとひろ)という最後のお殿様が「天正の陣」という戦で戦死したときに、曹洞宗に改められて、再び「金光峰天福寺」を建てました。今から400年余り前のことです。

もとのお寺があったのは現在の大頭の交差点の北でしたが、
火災で焼け、現在の場所に1718年に再建されたということです。

郷土カルタでは

「(う) 宇野隼人 お城の跡は お寺山」

と紹介されています。


次は、その東の「貴船神社」に向かいます。

マップ(05貴船神社)

行くまでの道を、途中で会った地元の方に聞きましたら、
「私もこっちに帰るけん」と案内してくださいました。

親切な方が多いなあ。

貴船神社まで道案内をしてくれた女性

さて、貴船神社。京都の貴船神社(京都市左京区)は有名ですが、
そこから神様をお迎えしています。

貴船神社は高龗神(=高淤加美神、たかおかみのかみ)という
「農業の神様」なので、雨乞いや晴れを祈願すると
たいへんよく効いたそうです。

※「龗」は「龍」の旧字で、水や雨を司る神として信仰されています。

貴船神社

また、貴船神社から分霊したときに一緒に持って帰ったのが
京都の愛宕という土地の柿でした。

そう、愛宕柿です。

まず、貴船神社の近くの大頭の人々が作り、
このおいしい柿を有名にしたそうです。

今では周桑全体の特産物ですよね。

愛宕柿イメージ(参考画像)

石根の神社が貴船神社とつながっていて、
愛宕柿も持ち帰ったとは!驚きでした。


さらに東へと。元気に進みます。

今回の日野

暑さも日射しも、前回(7月末)よりは
だいぶ和らいだように感じました。


途中で、藤棚のようなアーチに
ブドウを育てている坂道を見つけました。

オモロいところだな~と思っていると、
持ち主の方がいらっしゃって

ブドウのアーチ

「こんな暑い日に何しよんぞ?」と、

いただいたアイス

アイスをくれました。

(確かに、こんな炎天下の下一人で歩いていると
何やってるのかって思いますよね)

それにしても、親切にしてもらってばかりだなぁ。


県道石鎚丹原線へぶつかり、山の方角へ南進。

ここは、昔から「お山道」と呼ばれた道です。

大頭から南へ(県道石鎚丹原線)

入口は大頭交差点の南側。
昔は立派な大鳥居、狛犬や石灯籠もあり、
石鎚山への登山道として非常に賑わっていたそうです。
四国遍路の横峰寺にも通じるので、お遍路さんも通りました。

水野館長も仰っていましたが、このお山道は今はその名前を残すのみ。

石鎚山や横峰寺への道は、小松から氷見、西条方面へと
交通機関の発達により東へ移り変わっていきました。

ただ、この先の昔ながらの遍路道、
伊予遍路道の「横峯寺道」※は、
国史跡の指定に向けた動きがあり、
注目を集めています。

※横峰寺北西の「湯浪休憩所」付近から「五丁石」付近までの
山道約1700メートル(一部区間を除く)。


お山道の名残は、今回のウォーキングでも、
感じられましたよ。

まず石土(いしづち)神社。

マップ(石土神社)

石鎚は「石土」、「石鉄」、「石鈇」とも書かれるので、
やはり石鎚のゆかりです。

石土神社鳥居

史跡巡りのしおりにはこうあります。

本殿は、石土蔵王権現をお祀りしています。石鎚山の西の入り口にあって、石鎚山に登る人は、その前に必ずここでお祈りをして出発したのです。そうすると不思議と事故は起こりませんでした。また、交通安全だけではなく、家族は仲良くなり、病気も早く治ったといわれています。

また、灯台のような背の高い珍しい建造物。

石土神社高灯籠

これは1931年建立の高灯籠で、コンクリート製。
昔の石鎚登山者は、この灯をたよりに歩いたんですね。

非常に珍しく貴重なものなので、
国の登録文化財にも指定されています。

今は蛍光灯が入り、
常夜灯として道路を明るく照らしています。

石土神社

そしてこちらが石鎚蔵王権現をお祀りする本殿です。
1573年に建てられました。

郷土カルタには

「(い)石土神社、妙口の里の守り神」

とあり、人々の暮らしを守ってくれているかのようです。


石土神社のすぐ南側には、妙雲寺さん。

妙雲寺

「これより第60番 横峰寺 67丁」
と案内があります。

妙雲寺は横峰寺の前札で、標高の高い横峰寺へ、
病気や身体が不自由で行けない人は
ここでお参りをすればよい とのことです。

名前の由来は「妙(美しい)雲の寺」。

昔、石仙道人という修験者が石鎚山と横峰寺を開いた時に
この寺の前の谷から美しい雲が湧きあがり
その谷を「妙之谷川」と呼び、寺をこのように
名づけたということです。

郷土カルタには

「(へ)へんろ道、四国へんろの道標」

「(よ)横峯へ まいれぬへんろ、前札妙雲寺」

というものがありました。

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