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東予港の沿革

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年1月15日更新

東予港の沿革

 本港は、愛媛県東部に位置し、東港、西条、中央、壬生川及び河原津の5地区よりなっている。

(東港地区)

 東港地区は、元新居浜港の一部であったが、新居浜港本港と同様住友鉱山を中心とする住友系企業と歩みを同じくして発展してきた。昭和39年愛媛県の東予地区が新産業都市に指定されたことに伴い東予新産業都市計画が策定され、この計画に基づき港湾計画を再検討した結果、東予港西条地区、壬生川地区と一体をなす東予港新居浜地区として東予港の港湾計画に編入され、昭和44年10月より県管理港湾東予港の港湾区域となった。

(西条地区)

 西条地区は、旧西条港であり、その起源は江戸時代初期藩主による河口港構築にさかのぼる。当時から付近一帯に広大な干潟があり、水路水深維持は困難をきわめた。しかし、町勢の発展に伴い入港船舶、取扱貨物量が増大し、昭和9年4月には指定港湾となり同時に修築工事に着手、昭和11年に完成した。第2次大戦前後に港勢衰退期があったが、経済復興とともに再び港湾改修の声があがり、昭和23年度より整備が進められ、昭和39年に西条市が東予新産業都市の指定を受けるとともに、同年4月西条港が東予港(西条地区)として重要港湾の指定を受けて、その中心地区として整備が進められている。

(壬生川、中央、河原津地区)

 壬生川、中央、河原津地区は、旧壬生川港であり、江戸時代初期新田開発と同時に築造され、海防の拠点及び年貢米移出港として利用された。その後大正3年に一部港湾拡張がなされたが、本格的な港湾整備は、昭和8年現在の富士紡績株式会社の工場設立を契機にはじめられ港勢は著しく進展した。昭和39年東予市が東予新産業都市の指定を受けるとともに、同年4月壬生川が東予港(壬生川地区)として重要港湾の指定を受け、以来この地区の整備が進められている。