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西条市小松史跡近藤篤山旧邸 篤山先生とは

ページID:0075064 更新日:2021年4月1日更新 印刷ページ表示

史跡近藤篤山旧邸の写真

 

 

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篤山先生とは

近藤篤山先生の写真
篤山先生80歳の肖像

「伊予聖人」「徳行天下第一の人」とたたえられる近藤篤山は、幼少の頃より辛苦に耐え、苦学力行したと伝えられています。

1803年に藩校「養正館」の儒官として小松藩にまねかれ、1806年から40年間この屋敷で過ごし、小松の文化と教育に多大な貢献をした人です。

略年譜

年号 西暦 出来事
明和3年 1766 宇摩郡土居町の高橋家に生まれる
明和8年 1771 生母の別離にあう
安永4年 1775 家産傾き、家族で別子銅山に移り、父が銅山役人となる
天明8年 1788 大阪で儒学者、尾藤二洲(びとうじしゅう)の塾に入門する
寛政3年 1791 二洲先生、幕府儒官となり江戸へ移住する
寛政6年 1794 江戸の昌平こうに入門し、再度二洲先生の教えをうける
寛政9年 1797 江戸での勉学を追え郷里へ帰る
寛政10年 1798 川之江に私塾を開き門弟を教える
享和3年 1803 小松藩にまねかれ、藩校「養正館」儒官となる
文化3年 1806 現在の屋敷に移る
天保13年 1842 隠居をゆるされる、また40年以上の教育・徳行に対し、幕府より表彰される
弘化3年 1846 81才をもって没す

 

 

お問い合わせ

 

 

小松温芳図書館
〒799-1101 小松町新屋敷甲3007番地1
電話:0898-72-5634


 


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