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人権ホットメール2014年5月号

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年1月15日更新

人権ホットメール毎月10日は人権を考える日です

2014年5月号

「60年」を考える


 1954年、ビキニ環礁で米国が行った水爆実験から今年は60年になります。
 環礁の東約160キロメートルの公海上で操業していた静岡県焼津市のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員23名が被ばくしました。
 3月1日未明、漁の仕掛けを海に投げ込み、朝食を食べ終えたころ、西の空が突然明るく光り、雪のような白い粉が降ってきました。こんな暑いところで雪が降るわけはない、太陽が西から出るはずがない・・・など、ああでもない、こうでもないとみんなで話し合いましたが、結局帰ろうと決めたそうです。
 帰路の2週間、頭髪が抜けたり下痢や嘔吐をしたり、いろいろな症状がでてきました。そして被ばくから半年後、無線長であった久保山愛吉さんが亡くなりました。
 第五福竜丸の操舵手であったMさん(87歳)は、「核の怖さを伝えていかなければならない」と体験を語り継ぐ活動を続けています。
 Mさんは、その後、長女が生まれるときも不安でいっぱいだったし、自分がいつ病気になるか分からないという心配から船に乗るのはあきらめましたが、「放射能がうつる」と近所の人が避けるようになったり、米国からの見舞金を手にすると、「金をもらってええのお」と言われるなど、家族にも大変迷惑をかけたそうです。
 現在は、妻と子ども二人とともに古民家でレストランを経営していますが、存命の元乗組員は7人になってしまいました。
 Mさんは、長年持ち続けた米国への怒りと、今後どこかで誰かが、核の犠牲になるかも知れない怖さを、生きている限り訴えていきたいと話しています。
 「戦争抑止力のため」・・という理由で核開発を進める国が次々と現れる今日、広島、長崎、第五福竜丸、福島と過去4回も被ばくした日本人の使命は、地球上から核をなくするというMさんの叫びと重なるのではないでしょうか。
 戦争は最大の人権侵害と言われています。「第五福竜丸」の被爆から60年たった今、命と人権についてもう一度考えてみてはどうでしょうか。

西条市人権教育協議会
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