ページの先頭です。 メニューを飛ばして本文へ
トップページ > 組織でさがす > 人権擁護課 > 人権ホットメール2014年3月号

検索コーナー

ライフステージ

  • 妊娠・出産
  • 子育て・教育
  • 就職・退職
  • 結婚・離婚
  • 引越し・住まい
  • 老後・介護
  • おくやみ


人権ホットメール2014年3月号

印刷用ページを表示する 掲載日:2015年1月15日更新

人権ホットメール毎月10日は人権を考える日です

2014年3月号

あきらめない人生―音を失って得たもの―


 Mさんは13歳の時に高熱の後遺症で難聴になりました。父母はいろいろな医師に相談しましたが、「内耳性神経性難聴」で手術は不可能、現代の医学では聴力の回復は無理・・と告げられました。講義内容もよく聞こえないために、高校を1年で中退しました。
 退学後は、自分の居場所を探して尼寺で過ごしたり、手に職をつけようと編み物教室に通ったり、全寮制の国立ろうあセンターに入所し、和文タイプの習得にも取り組みました。
 けれども、高校卒業の資格がないため、希望していた道を閉ざされることもあり、42歳の時に通信教育で資格をとりました。そして1980年、東京都内のある銀行がタイピストの募集をしていたので応募し合格しました。
 20代の初めに、同じ障がいのある仲間に出会えて手話を覚えるようになり、「耳が不自由なのは不便だが、不幸ではない」と思うとともに、失われたものに固執しないで、残されたものを生かしていこうと決意しました。
 「耳が聞こえない」という障がいは、見た目にはわからないので会話などをしないとまわりの人に理解されません。「一番不安に思うことは、部屋にいて近隣で火災が発生した時、周りの気配がわからないので、鎮火した後に知ることで、もし、就寝後に火災が起きた場合を考えると背筋が寒くなります。私の家にはチャイムを光で知らせる機器を設置しているので、非常時にはチャイムを押して知らせて欲しいです。聴覚障がい者は情報障がい者とも言われます。耳から入らない情報は視覚に頼るしかありません。手話ができなくても、筆談や身振りで情報を伝えてください・・。」とMさんは話しています。
 72歳になったMさんは、2013年1月に「音のない本」~優しい声が心に流れる~という本を出版しました。Mさんは、「音がなければ両目をしっかりと開けて、見たままを表現すれば心を打つものは出てくるはず、これこそが「音のない世界」にいる私が目指すものです。今は、天国にいる父母に「いばらの道だったけど、なんとか乗り越えることができたよ」と報告をしたい・・。」と話しています。

西条市人権教育協議会
西条市教育委員会

お問い合わせ

西条市教育委員会 管理部 人権教育課 人権教育係
電話:0897-52-1360