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広報専門員の気ままに西条歩き Vol.11壬生川地区(前編)

印刷用ページを表示する 掲載日:2017年6月9日更新

地域のウォーキングレポート第11弾

このコーナーでは、シティプロモーション推進課の広報専門員が、
市内をカメラを携えて歩き、レポートしています。

久しぶりの更新となってしまいましたが、
よろしくお願いします!

2017年5月23日(火曜日)晴れ

今回は、東予地区の中心部、
壬生川(にゅうがわ)地区です。

西条市マップ

人口5,105人、世帯数2,293(平成29年3月31日現在)。

珍しい「壬生川」の地名の歴史は古く、古代~901年までは「入り川」と書いて「にゅうがわ」と読ませていた記録がある。水害が多かったため「丹生川」と改めたが、1352年に今の「壬生川」と改め、現在まで続いている。

地区は、大新田・壬生川・喜多台・円海寺・明理川の5つの地区で構成される。

東西に細長い地形であり、漁業・商業・農業の町として発展。毎年旧暦の6月17日には「おかげん祭」が開催され、花火大会が賑わう。


まち歩きには、市より発行の「西条市ウォーキングマップ」を利用しています。

しらさぎウォーキングコース [PDFファイル/683KB]

しらさぎが有名なんですね。会えるかな?


五月晴れの朝、壬生川公民館にお邪魔しました。

迎えてくれたのは、今年着任の越智敏光館長。
この3月まで吉井公民館の主任主事を務めておられました。

今日は“越智館長”と一緒に壬生川を歩きます!

壬生川公民館 館長

いざ出発!

「日野さん、さっそく、ちょっと見てみて」

越智館長は、かつて東予市の教育委員会に勤務していたときに
この壬生川公民館の建設に携わったそうです。

「ここには、もとは壬生川の町役場がありました。
この建物ができたのは平成3年。

放送のスピーカーを包み込む屋根と、
2階のステンドグラスの装飾が特徴なんよ」

三角屋根が使われた、優しい印象の公民館です。

壬生川公民館 外観

これまでの経験からして、公民館というのは、
朝早くからまちの中心人物に会えるところ。

今回も会えました。

この方は、矢野要さん。
公民館のカギを返しに来られていました。

壬生川 矢野さん

壬生川公民館協力委員会の委員長で、
地域のいろいろなお世話係をされています。

いい笑顔だな~


今回は、公民館から海の方へ下り、
新川沿いに山(丹原地区方面)の方へ上がるようなコースです。

マップ 公民館

かつて、壬生川公民館の近辺は、
壬生川の港・堀川港の恩恵を受け栄えた商業の町でした。

壬生川 まちなみ

本町通り、柳新地通り、旭町通り、蛭子町通りなど
さまざまな通りに所狭しと商店が並び、活況を呈しました。

現在、商業の中心は
大きな道路沿いに移ってしまっていますが
看板などからその風情を感じることができます。


小松から東予・今治を貫く
国道196号に突き当たりました。

国道196号

国道沿いに、町屋風の立派な建築物があります。

マップ 越智家

館長「ここはね、元庄屋の越智家。
文化庁の登録有形文化財にも指定されとるんですよ」

ほんまじゃ!玄関の上にレリーフが。すごいー。

越智家玄関

「壬生川郷土史」によると、

  • 昭和2年に越智和太郎が自らの隠居所として建築
  • 敷地面積約700坪
  • 母屋は2階建て、部屋数は15部屋。ほか炊事場などで構成
  • 隠居室と茶室は木造二階建瓦葺。10部屋
「枡屋」こと越智家は、堀川港にもっとも近いところで生蝋の仲買いや肥料商を営み、300軒ほどの商家が立ち並ぶなか、町一番の大店で大地主であった。主人は風流を好み、句会や茶会、月見や菊見の会などを催し、「桝屋に招かれることが町の名士として認められる」といわれた特別の家であった。

とのことでした。

「木造建築のお手本のような職人技が随所に見られる」

「精魂込めて仕事した大工の心意気、今後二度と生まれない世界が、
越智家隠居所に立つと浮かび上がってくる」

とも書かれていて、好奇心が刺激されないはずがありません。

でも、一般公開はしていないそうです。残念!

越智家 引いてみた写真


国道を渡り、鷺森(さぎのもり)神社に到着です。

マップ 鷺森神社

ご神木のクスノキは、樹齢650年といわれています。
こちらに鷺が群生したので
「鷺の森」といつしかいわれるようになったとか。

鷺森神社の楠

「鷺森城址楠の葉に」から始まる、
地元の壬生川小学校校歌のレリーフも境内にあります。

ただこちらは、戦前まで歌われたもので、
今歌われているのは別の校歌

壬生川小 校歌

「城址」というのは、室町時代に伊予の国守護であった
河野氏一族の桑原氏が、1394(応永元)年この地に
「鷺森城」を築いたことに由来します。

その約200年後、桑原氏と援軍の高橋氏が
合戦に勝利したことへ感謝して
安芸の厳島神社(宮島ですね)より、御祭神を鷺森城へ勧請し
管弦祭(かんげんさい)を行いました。

管絃祭は、旧暦6月17日に行われる厳島神社の祭礼行事。

現在は「おかげん祭」と言われ、毎年開催です。
花火大会が有名ですが、
その後、船行幸などの神事が行われます。


気になる物体を発見!

砲弾の石柱が参道の両脇に。

鷺森神社 砲弾のようなもの

「壬生川石工 吉本重兵衛」と彫ってありましたが、
壬生川郷土史を引いても、
戦後に設置されたこと以外、詳細はわからず…

(ちょっと口紅にも見えます)


鷺森神社から、堀川港を河口のほうへ進みます。

江戸時代には、松山藩の年貢米の約6割が
ここから大阪蔵屋敷に運ばれていたそうです。

「このもうちょい奥のほうで、昔はおかげん(祭)の花火が上がりよったんよ。

大曲川 河口

ここらには漁業従事者の家が建ち並んで、
皆二階から身を乗り出して花火を見よったんですよ。」

私「めちゃめちゃいい光景やないですか。」

堀川港近くの住宅

住宅増加により、今では打ち上げ場所が
海岸線の方になった、おかげんの花火。

壬生川のみならず、西条市の人々の夏の風物詩となっています。


国道196号を北西に進みます。

こちらでは、壬生川港近隣で水揚げされた魚が取引されているとのこと。

秋山の魚市場

魚といえば、壬生川大漁市が東予地域漁協の開催で
毎月第2日曜に開かれています。

とれたての新鮮な地物の魚介類が
リーズナブルに買い求められますよ。

詳しくはこちら


隣保館 北星会館の前を通り、
新川(しんかわ)の土手へと上がると視界が開けます。

マップ 新川土手

こちらが、西の高縄山系。

高縄山系

そして南は、石鎚山系。
中央にうっすら見えるのが、石鎚山です。

どこかを見ると山の連なりがある。

西条らしい光景のひとつではないでしょうか。

石鎚山系

こちらの喜多台旭集会所のところで
土手から下り、農地と住宅地の間を抜けます。

喜多台旭集会所


すると、壬生川の氏神さま
保内八幡神社に到着します。

保内八幡神社

マップ 保内八幡

保内八幡神社では、「おかげん祭」の1週間前に
夏越(なごせ)祭が行われ、
夏の無病息災を祈ります。

ちなみに、円海寺という地名の由来は、
実際あったお寺ではありますが
現存はしていないとのことでした。

周敷神社

こちらには、周布地区にある「周敷(すふ・しゅうしき)神社」が
分祀されています。


円海寺の集会所やバス停を通過。

写真の左に見えるのが周桑病院で、
右奥に進むと東予総合支所があります。

歩道は「段差が解消され、歩きよいウォーキングコースになりました」と館長。

円海寺 バス停

新川に架かる円海寺橋を渡ります。

欄干には、壬生川のシンボルのしらさぎの装飾が♪

飛び立つ動きを表現しているので、よく見てみてくださいね。

円海寺橋

新川を土手沿いにさかのぼります。

すると、ウォーキングコース外ですが

この周辺の明理川(あかりがわ)集落の氏神さま
「柳森神社」が見えてきます。

柳森神社

通称「柳のお天皇さん」。松山の椿神社と同じ旧暦の1月7日・8日が例祭日になっています。「東のお椿さん」ともいわれ、参拝者も多いです。平成22年から地元の方々により、福男、福女選びの「走り込み」や「餅まき」で賑わっています。

西条市ウォーキングマップから抜粋

マップ 柳森神社

「越智館長、そろそろUターンしましょうか」

なんて話していると、トラクターを動かしている農家さんを
川の向こう岸に発見。

秋川貴則さん

館長もよく知る秋川貴則さんです。

お話を伺ってみましょう。


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