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広報専門員の気ままに西条歩き Vol.17楠河地区(前編)
地域のウォーキングレポート第17弾
このコーナーでは、西条市の広報専門員 日野が、市内の校区を一つずつ歩いてレポートしています。
2018年5月22日(火曜日)晴れ
気持ちよい五月晴れ。西条市の端、今治市との市境のまち楠河へ。
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人口2,973人。西条市の北西の端に位置し、地区名の由来は、「楠村」「河原津村」の頭文字をとったもの。
まち歩きには、市より発行の「西条市ウォーキングマップ」を利用しています。
ひうちの風に吹かれて歩こう ~楠河地区~ [PDFファイル/594KB]
楠河公民館は2日前の日曜日に地区の運動会があったばかり。
5月の気持ちの良い気候のうちにお邪魔したくて、少し無理を聞いてもらいました。まだ運動会や打ち上げのごみ袋があって、イベントの高揚感が残ったような雰囲気。
今日は川又主任主事と歩きます。
右足を負傷中の眞鍋館長。渡部主事さんと見送ってくれました。
歩きはじめるとすぐに、ドンとしたたたずまいの山が見えてきました。世田山(標高335m)です。今日はこの麓の世田薬師にも行く予定です。
逆の方角を見ると、伊予小松北ICから今治へ抜ける今治小松自動車道の道路や、小山の上に休暇村瀬戸内東予の建物が見えます。今回歩くのは、この自動車道より西の、山手側のコースです。
川又さん(以下、川又):「僕は河原津の出身で、この手前の山は『だけ山』と呼んで、子どもの時によく登って遊びよった。今は栽培されてないけど、当時はみかん山やったんよ」
日野:「何して遊ばれよったんですか?」
川又:「やっぱり、山では木登り。あと、海も近いけん海ではアサリ堀り。昔は貝がよう採れよったけん、晩のおかずには困らんかったね」
日野:「埋立地の多い西条市内では数少ない海岸がありますもんね。海も山も川もあって遊び場には困らなさそうですよね」
川又:「ほうですね、よう遊んだよねえ」
第一の目的地、宇佐八幡神社に到着。
「楠河のみちしるべ」より引用
立派な山桃の木は本殿の右奥に。昭和60年に「東予市緑を守り育てる会」(当時)により保存樹木に指定の看板もあります。
太い幹から五指を広げたように枝が伸びています。
同じ敷地内、参道の入口近くに小さな社もあります。
川又:「これは『日野神社』言うて、川又家の氏神様」
日野:「あら、私の苗字の日野。関係ないじゃろけど…。ほんとだ、川又の字が彫られていますね」
世田薬師方面へと向かうため、いったん山の方へ歩いていきます。
日野:「田んぼや畑が多いんですね」
途中から、マップのコースを少し外れて、地元おすすめのコースへ。
裏道を通って、国史跡 永納山城跡の登り口を経由する面白そうな道です。
川又:「日野さん歩きやすい靴で来とるね。途中の道はちょっと草が生えとるかもしれんけど、行きましょう」
林の中のゆるやかな坂道を登ります。みかんなど柑橘の樹園地の面影を残した土地が左右に広がっていました。
実をつけ始めたビワも。夏がそこまで来ています。
川又:「こんなところに、神社があるんよ。『山神社』」
スギの木の間から2つの祠がコンニチハ。
傍の看板にはこのように説明があります。
古来大三島大山大山祇神社の御分霊を奉斎と伝え、山祇宮と称したが、のちに山神社とあらためられた。宇佐八幡神社の末社で河原津村及び字六軒家全部の崇敬社であったが、大正9年以降地元六軒家の崇敬氏子で維持することになった。
山神社ってなんだろな~、と思ったら、大三島の大「山」祇神社がルーツとは。お隣今治市の非常に由緒ある神社ですよね。
今からおよそ2600年くらい前、神武天皇御東征(南九州地方より奈良地方へ御東征したと伝えられています。)にさきがけて、御祭神、大山積大神の子孫小千命が先駆者として伊予二名国(四国)に渡り瀬戸内海の治安を司どっていたとき芸予海峡の要衡である御島(大三島)を神地と定め鎮祭したことにはじまると伝えられます。
公益社団法人 今治地方観光協会「おいでや!いまばり」より引用
気持ちいい木漏れ日の中をさらに進むと…
古代山城 永納山城跡を見学できるコースの入口に到着しました。
永納山城跡は、今からおよそ1300年前に築かれた「古代山城」と呼ばれる城の一つ。
高縄半島の付け根に位置し、瀬戸内海の要衝である来島海峡を一望できる場所に築かれています。
西暦663年、朝鮮半島の白村江の戦いをきっかけに、外国(唐・新羅)から日本が侵略される危険に備えて、その時期に築城されたといわれています。
詳しくは市ホームページ内「国史跡 永納山城跡」をご覧ください。
永納山城跡は甲子園球場10個分の広さ!えっそんなに大きいと思ってなかった。
古代山城の面影を見て回れるコースが、地元住民や市によりこのように整備されています。過去に来たことがありますが、歩きやすく眺望のいい散策コースですよ。
道路を渡ると、次の目的地、世田薬師です。
標高が上がっているので、集落から道前平野がちらりと望めました。
川又:「世田薬師行ったら、世田薬師せんべい、っていうのがあるの知っとる?」
日野:「そんなのあるんですか!行ったことはありますが知りませんでしたよ」
世田薬師は、何と偶然にも年に一度の「花まつり」の日でした。
日野:「すごい、こんなイベントが。どんなことしてるんですかね?ちょっと寄っていいですか」
川又:「せっかくやけん行ってみましょうか」
階段を上がると、いつもよりにぎわった雰囲気で、
売店では90歳を超えるおばあちゃんがお守りやお菓子を売っていました。
日野:「こんにちは~。花まつりって、どんなことしよんですか?」
おばあちゃん:「お釈迦様の誕生日で、4月8日にお祝いをするところが多いけど、ここは旧暦の日にお祝いしよるんよ。今年は今日ね。奥で甘茶を配りよるけん、いただいてください」
川又:「おばちゃんは、楠河の方ですか」
おばあちゃん:「そうそう、17歳の時に高田(国安)から楠へ嫁いで来たんよ。
ここは薬師如来さんをまつっとってね、私は子どもの就職や結婚とか、何か大きなことがあるたびにお参りしては拝んでもろとんよ。もったいないんよ。目に見えん、おかげがあると思とる」
(※もったいない=ありがたい)
日野:「熱心に、お参りされよんですね。おばちゃん長生きして元気なんも、おかげを貰っとるね」
川又:「おばちゃん、せんべいもらいましょわい」
おばあちゃん:「はい、ありがとう。甘茶をもろてね。すごい甘くできとるよ」