故 十河 信二 氏
昭和44年9月29日贈
明治17年現在の新居浜市旧中萩町に生まれる。西条中学、東京帝国大学政治学科を卒業ののち鉄道院に勤務、鉄道省経理局長、南満州鉄道理事、興中公司社長などを歴任、昭和20年7月西条市長(第2代)となり、戦後の混乱期にあって市民の融和と市勢の進展に努力され、西条市の礎を築かれた。また、昭和30年には国鉄総裁に就任され、新幹線の生みの親となるなど、鉄道事業の発展に寄与された。
昭和56年10月3日逝去
故 村上 太郎 氏
昭和59年3月22日贈
明治37年中野に生まれる。西条中学、岡山医科大学、大阪帝国大学大学院医学部を卒業、医学博士となり、戦後病院を開業して地域医療の向上に尽くされるとともに、愛媛県教育委員会委員、西条文化協会会長、西条市長(第8・9・10代)などの要職を歴任され、県・市における教育文化の振興、新産業都市の指定獲得など、市政の発展に尽力された。
平成2年2月25日逝去
故 伊藤 一 氏
明治40年黒瀬に生まれる。西条農業学校を卒業後、私立東京農業大学において農業土木の研さんを積まれ、広島県庁、愛媛県庁職員を経て、大保木村長、愛媛県議会議員、西条市長(第11・12代)に就任、半生を公共への献身一筋に歩まれ、大保木村との合併の実現、東部臨海土地造成事業の着手など、県政及び市政の発展に尽力された。
平成12年4月30日逝去
故 桑原 富雄 氏
平成10年12月18日贈
大正12年本町に生まれる。西条農業学校を卒業後、西条市職員となり、開発部長、総務部長などを歴任し、西条市助役を経て、西条市長(第13・14・15・16代)に就任、東部臨海土地造成事業の竣工と造成地への優良企業の誘致による地域経済の振興発展をはじめ、市政の各般にわたってその発展に尽力された。
平成22年2月7日逝去
故 河上 辰男 氏
平成14年6月27日贈
大正5年東京に生れる。慶応義塾大学を卒業、壬生川町長、東予町長、東予市長として市政を担当し、壬生川町・三芳町の合併を推進するとともに、市政施行後は区画整理事業の推進、道路網の整備、住民福祉の向上など、東予市政発展の基盤づくりに大きく寄与された。
平成11年12月24日逝去
故 渡邊 武 氏
大正13年広江に生れる。中城青年学校本科を卒業、壬生川町議会議員、愛媛県議会議員を務められ、その間県議会議長にも就任、高速道路の整備促進に尽力されるとともに、その後、周桑農業共済組合長・東予市農業委員会会長も務められ、周桑地域の農業振興に多大な貢献を行うなど、県政及び地域産業の進展に大きく寄与された。
平成20年11月5日逝去
田口 信教 氏
昭和26年国安に生れる。広島修道大学大学院を卒業。オリンピック3大会に連続出場され、ミュンヘンオリンピックでは、100m平泳ぎで世界記録を樹立し金メダルを獲得、200m平泳ぎでも銅メダルを獲得するなど、数多くの国際大会で活躍され、日本の体育・スポーツの振興に大きく貢献されている。
故 佐伯 勇 氏
昭和63年3月11日贈
明治36年丹原町長野に生れる。田野尋常高等小学校、旧制松山中学、東京大学法学部を卒業、近鉄グループの総帥として生涯を社業の隆盛にささげられるとともに、郷土丹原をこよなく愛され、佐伯記念育英会を設立し育英事業を行うとともに、佐伯記念館・郷土資料館も建設されるなど、教育・文化の進展に大きく寄与された。
平成元年10月5日逝去
故 永野 眞平 氏
昭和60年4月25日贈
明治25年小松町新屋敷に生れる。信望と卓越した医療技術をもって、永きにわたり児童・生徒・幼児の保健教育と健康保持に努められ、町が実施する各種予防接種や健康審査等の保健活動に積極的に協力し、また、国民健康保険運営協議会委員として、健康保険の健全育成と会の運営に尽力し、その基礎を築かれ、長年にわたり地域医療活動の推進、住民の健康保全、予防の普及など、幅広い医療行政の発展に大きく寄与された。
昭和60年5月21日逝去
故 西 健次 氏
平成7年6月20日贈
大正8年小松町新屋敷に生れる。旧小松町職員となり、旧小松町助役を経て、小松町長(第3・4・5・6・7・8代)に就任、農業振興のための「農村総合整備計画」を作成、教育環境の整備・充実を図り文教の町を宣言、乳幼児医療の無料化を全国にさきがけ実施、また、新保健予防事業を実施し住民の健康管理の礎とするなど、6期24年の長きにわたり、卓越した政治力・行動力で小松町の発展に大きく寄与された。
平成18年2月8日逝去
総務部 総務課 総務法制係 電話:0897-56-5151 内線:2122